いま私たちが口にしている黒毛和牛の歴史は、ある一頭の牛から始まった。
3年前の調査によると、全国の高級黒毛和牛の母牛の99.9%が1939年に生まれた但馬牛「田尻号」の子孫であることが判明した。
そんな但馬牛が生まれるのは、兵庫県の北部にある但馬地方。険しい山と厳しい冬の寒さに耐えるために、筋肉の間に自ずと蓄えられた脂肪が、「サシ」と呼ばれ、とろけるような霜降り肉を生み出してきた。但馬牛は、生後9か月ほどでセリにかけられ、丹波や淡路・近江などに売られていき、やがて神戸ビーフや近江牛、松阪牛として食卓に上る。但馬牛は全国で品種改良に使われ、優れた血統が全国に広まった。
和牛の生産は子牛を売る「繁殖農家」と、肉になるまで育てる「肥育農家」とに分業されており、但馬では、繁殖のみを行う農家が主流だった。にもかかわらず、10年前から繁殖と肥育の両方を手がける「一貫生産」を行っているのが、上田伸也さん、美幸さん夫妻。今では最高峰の神戸ビーフを競う品評会で優勝するなど、長年肥育を手がけてきた農家を凌ぐほどになった。地元・但馬で肉になるまで育った但馬牛だからこその味わいを、もっとたくさんの人に知ってほしい。子牛だけではない、ブランド牛肉としての「但馬牛」の今に密着した。
取材後記
ディレクター:石原 朋子(朝日放送)
昨年の夏、初めて上田さんの牛舎を訪れたとき。驚いたのは、牛のおとなしさと、牛舎の匂いの薄さでした。
実は私自身も但馬の香美町出身。私が生まれる前は、我が家でも玄関先で牛を飼っていたそうです。幼い頃、近所の友達の家はまだ牛を飼っていて、遊びに行くと、トイレに行くまでにどうしても牛の前を通らなくてはならず、その大きな体や鳴き声を、いつも「怖い」と思っていたことを思い出しました。
あれから25年以上。私を迎えてくれた上田さんの牛は、とても人懐こく、可愛い目をしていました。牛舎独特の匂いや鳴き声も、ほとんど気になりません。上田さんに聞くと、「食べるもので全然違ってくる。それは人も同じ」と。いずれは人の口に入り、人の体を作るものになる牛肉。「健康な牛は食べても健康になれるはず」。普段はどちらかというとぶっきらぼうな上田さんですが、牛の話をするときはいつも情熱にあふれていました。
取材中は、地元出身の私でさえ、但馬牛について知らないことがこんなにたくさんあったんだ、と実感することばかりでした。同時に、自分のふるさとに対してとても誇らしい気持ちになりました。上田さんをはじめご協力いただいた皆さん、そして「日本!食紀行」に感謝します。