其の5 (12月22日UP)
『大暴れ』
12月16日、記者会見。たまちゃんは朝からハイテンション、控室に入る度に「渡辺満里奈です、えへ」、その度にあやちゃんがリアクション、「だからさぁ、似てないんだからやめてよ、それ」。
というわけで、会見にはナレーションを担当した渡辺満里奈さんも出席して華やかな雰囲気。福太郎は司会からあいさつを求められ一言「あいうえお」、会場を大いにわかせてくれました。と、この辺まではいい感じだったのですが、当然良い子でじっと座っているということもなく会場を走り回り、挙句の果てにコメント中の満里奈さんにネームプレートを投げつける始末。「あっ!福太郎」とみんなが思ったそのとき、「たくさんの人たちのなかで育つとこういう元気な子になるんですね~」と満里奈さんが会場の微笑を誘ってくれたのでした。
満里奈さんは、1歳の男の子の子育て中。「子育てというのはチームでするものだというのを私も実感しているので、みんなこうやって手を差しのべあって子育てが出来ればすごく幸せなのではないかと思いました」と番組の感想を話してくれました。
苦しくても独りで子育てを引き受けることが親の責任なのか、周りを頼りにしたり甘えることもよしとする、そんな眼差しが向けられれば子育てはもっと楽しくなるに違いありません。
ところで福太郎は初対面とは思えない懐きようで満里奈さんに甘えっぱなし。1年近く取材してきましたが、こんなご機嫌な福太郎を見るのは初めてでした。
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其の4 (12月11日UP)
『善光寺にて』
12月8日、善光寺で「子育てスペシャル放送記念イベント」が行われました。番組出演者のトークセッションのあと、作家の落合恵子さんが講演しました。「人の数だけ家族のかたちはある」、血縁だけを拠り所にするのではなく、“結縁”つまりお互いの関わり合いを通して絆を結び深めていくことの困難とそれ故の尊さを、ご自身の体験から語ってくれました。
続いて、タテタカコさんのライブ。『道程』『遠い日』に続き、番組のテーマ曲『今日を歩く』を披露。明日のためでも何かのためでもない、今日を歩く、福太郎のいろいろな場面が思い浮かびます。シンプルながら人の営みとして大切なメッセージがこめられているのではないかと思っています。タテさんのライブには何か鬼気迫るものがあります。人の心の深いところにある普段は忘れているあるいは意識にのぼらない何かに直接訴えかけてくるような感じです。懐かしかったり気持ちがぐいぐいと揺さぶられます。
落合さんの講演からタテさんのライブまで、たまちゃんとあやちゃんは、涙のたまった眼を光らせていました。そして時々二人の頬をつたうのでした。人は何を支えに生きていくのか、人が生き、いのちを育み、絆を紡いでいくことの厳しさや哀しみ、そして喜び。子育てもまた人生という大いなる時間に流れ込む営み、多くのことを考え、感じさせてくれる濃密な時間でした。
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其の3 (11月11日UP)
『区長のぼやき』
町では年に一回、戸隠神社にお参りに行きます。昔から続く「戸隠講」の信仰です。かつては、必ず一軒から一人が参加して泊りがけで行ったらしいのですが、いまは数人が集まりお昼ご飯をはさんでの日帰りです。高齢化や地域のつながりが薄れているゆえ、とのことです。先日、その会があり同行させてもらいました。区長は福太郎とケンイチくんを誘いました。区長は福太郎の健やかな成長を願い、福太郎は戸隠そばをほおばっていました。
区長は住みにくい世の中になったと、ぼやいていました。「知らない人に声をかけられたら逃げなさい、と教えるでしょう、確かにそれはそうなんだよ。でも、地域のなかでも知らない人がいるんだよ、つながりがないんだから。子どもに身を守ることを教えることも大事、でもね、子どもから年寄りまでみんなが顔なじみの地域をつくることがもっと大事。」力説する区長には何か熱いものを感じました。
夕方、結構お酒もはいってご機嫌で町に戻ってきたところ、たまちゃんの店にいた若い女性のみなさんに何やらちょっかいを出そうとして、「酔っ払いは帰ってくださ~い」と、あやちゃんに諌められていました。こんなずっこけぶりもお茶目に思えてしまう、偉ぶらない生き方が、町の人に慕われ尊敬されています。今回も、家族や子育てについて示唆に富んだお話を聞くことができました。
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其の2 (11月7日UP)
『巧みな話術?』
それは店の定休日、休みとはいえ通りがかりの人たちが大きな窓から中をのぞいて何やら立ち話。そのとき、店内で遊んでいた福太郎が窓際に走っていって一言。「今日お店やってないんですよねぇ~」、え~っ!文章になっている、しかも使い方もあっている。たまちゃんによれば、続けてこんな一言を言うことも…、「結構、安いんですけどね~」。福太郎は2歳9ヶ月、うちの娘はこんなに話したかな?と自問。大勢の人たちが出入りするこの家の環境ゆえなのか、その観察力と吸収力、応用力はあなどれません。おしめはとれる気配もないし、ご飯も自分で食べようとはしませんが(それをたまちゃんはいちいち気にしていないことは凄いと思います)、巧みな話術?を目の当たりにしたこの日、改めて子育ての奥深さ・多様さについて考えさせられました。
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其の1
『福太郎の家』
初めて福太郎に出会ったのは2年前、街並みを紹介するテレビ番組で善光寺界隈を取り上げたときのこと。おくるみを着て母親のたまちゃんの腕に抱かれ、一生懸命おっぱいを飲んでいました。当時、父親は誰なのか、よくわかりませんでした。たまちゃんは結婚も同居もしていないし、何かややこしそうで深入りできない雰囲気も…。
そして、ことし、2歳になった福太郎に会いに行きました。「おっぱい、おっぱい♪♪♪」と不思議なリズムとメロディーをくりかえすおっぱいの歌を歌いながら、たまちゃんのあとを追い回していました。「成長したな、福太郎!」という感じでしたが、一方で、その子育てはやはり摩訶不思議。たまちゃんは相変わらず結婚も同居もしていません。福太郎の父親のケンイチくんと初めて会いました。実家で両親と暮らしていますが、福太郎に会いにやってくることがわかりました。一方、同居人のあやちゃんはおしめを洗ったりご飯を作ったり、友人で仕事仲間の清水さんは福太郎を散歩に連れ出したりお風呂に入れたり・・・。正直、何がどうなればこのややこしい事態になるのか理解に苦しみましたし、「血縁を超えた家族の形」ということも頭ではわかっていてもなかなか実感が持てません。ただ、いろいろな人が入れ替わり立ち代りやってきては福太郎にちょっかいを出しめんどうをみている光景には不思議な魅力がありました。
子育てでは、つい他の子どもと比べてわが子を見てしまったり、「間違った育児をしているのではないか」とあせったり自分を追い詰めたり、その辺が絡み合って苦しくなることもあります。しかし、この家の場合、子育ては自然体というかいい加減というか、がんばっているとか無理している感じがしません。もちろん、いいことばかりではありません。たまちゃんの生き方や子育てが理解や共感を得られないこともあります。それでも、“常識”にはあてはまらないことや、理路整然と説明できないことも全部ひっくるめて、この家の人間模様は面白い、そして福太郎の生き生きとした姿そのものが何か大切なものを伝えていると思え、取材を始めました。
それからおよそ半年。カメラ片手に、一緒に遊んだり、散歩したり、昼寝したり、時にはたまちゃんに叱られながら(何せ「小言大王」なので)、の日々。流れている時間は“ゆるい”感じで心地良いし、いつもキラキラしている福太郎も微笑ましいけど、「これでいいのか」と5分毎に自問せずにはいられないという葛藤を抱えながら、この家に出入りする雑多な人々に混じって、福太郎の成長と日ごとややこしさが増していく人間模様を記録しています。
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ディレクター:手塚孝典(信越放送 制作局制作部)
*手塚Dの受賞暦
●民教協親の目子の目「コーちゃん生まれてきてくれてありがとう」
平成11年度奨励賞
●SBCスペシャル「響け!いのちの言葉 ~失語症患者たちの挑戦~」
平成17年度民放連テレビ教養部門優秀賞
●SBCスペシャル「あなたらしさを守りたい ~認知症グループホームは問う~」
平成20年 民放連テレビ教養部門 優秀賞
●SBCスペシャル「福太郎の家」(平成20年5月 信越放送で放送)
平成20年 民放連 テレビエンターテイメント部門 優秀賞 ほか
今回の子育てスペシャル「福太郎!~寺町の大きな家族~」は、「福太郎の家」とまた目線を変えて、前回の放送の後さらにじっくりと追いかけました。
