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幼い子どもをあやめる親がいます。そしていたずらに子どもを傷つける心無い大人がいます。そんな事件がひっきりなしに起きる国に、そして時代になってしまいました。未来を担う子どもたちをしっかりと、そして伸び伸びと育てたい、育って欲しいという願いをもって、子育てを考えるドキュメンタリー番組を今年も制作します。民教協ではこれまで「子育てスペシャル」として、食育、幼児虐待、不登校などをテーマに番組を制作してきましたが、今回は「地域で担う豊かな子育て」の番組に挑戦します。

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about_img003.jpgその名前を呼べば、みんなしあわせ!福太郎は、寺町という「大きな家族」で生き生きと育っています。そして、大人たちは福太郎の子育てを通して、家族のあり方をみつめなおすことになりました。雑多な人間模様のなかに息づく「豊かな子育て」を考えます。

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国宝・善光寺の門前町、長野市西之門。通りの一角に築百年を超える民家があります。1階はギャラリーをかねた喫茶室でちょっと風変わりな佇まい、道行く人が不思議そうに覗き込んでいきます。この家の2階で、福太郎(2歳)は、母親のたまちゃん(38歳)、そして友だちで雑誌のライターをしているあやちゃん(32歳)と暮らしています。

about_img005.jpgご飯は雑穀米にひじきを入れて土鍋で炊くなど、暮らしぶりは質素、生き方は自然体です。子育ても自由奔放、子ども自身が生活のなかで生きることを学び、自然のままに成長することを見守っています。お金はありませんが、なければないなりに暮らせばいいと思っています。ありがたいことに、毎日のように家に出入りする友人や仕事仲間、町の人たちが、時には煮物や野菜を差し入れてくれることもあります。福太郎の服もみんなが持ち寄ってくれるおさがりです。

父親のケンイチは紆余曲折があり結婚も同居もしていません。たまちゃんは結婚や同居といった「家」のイメージにとらわれず、実際の暮らしのなかでお互いの絆を深めたいと考えています。また、血縁や制度に縛られず、実際の子育てのなかで、親子も家族もそれぞれが絆を結んでいければ、と考えています。それ故、多くの人が子育てに関わるこの家での暮らしを捨てて、夫婦と子ども三人で暮らすことがピンときません。一方、ケンイチは、入籍して夫婦での子育てを当たり前のように思い描いていました。その割には将来のことを考えて行動するタイプでもありません。たまちゃんは「みんなで子育てすればいいじゃん」と考え、ケンイチはそれをどう受け止めたらいいのかわかりません。

about_img006.jpg二人の気持ちのすれ違いは複雑で、結局、ケンイチは実家で両親と暮らし、整体の仕事の合間にこの家にやってきて福太郎の面倒をみる暮らしが続いています。将来のことが見通せず、そして父親の自覚をどう持てばよいのか、悩みは尽きません。福太郎にも「ケンイチ」と呼ばれていますが、いつの日か「父ちゃん」と呼ばれる日を夢見ています。

そんななか、たまちゃんの子育てを一番身近で支えることになったのが、同居人のあやちゃん。最初は、「ケンイチとたまちゃんと二人でどうにかしてよって思った。だって面倒くさそうだし、お金とかどうするかとか、自分には関係ないよって」。しかし、泣きながらおしめを洗うたまちゃんの姿を見かねて育児に参加。いまでは福太郎の登場で始まった混沌とした暮らしを少しずつ豊かなものだと感じるようになってきました。
about_img007.jpgところで、西之門町にはこの春まで小中学生がいませんでした。老舗傘屋の主人で町の区長はぼやきます。「老人クラブばかり増えて育成会つぶれちゃった。やっぱり子どもがいないとねぇ…」。子育て世代は都会か郊外に暮らし、昔ながらの商いを細々と続けているお年寄りの町で、どの職も後継者不足に悩んでいます。

そんな背景もあり、お年寄りたちから見れば親としてちょっと頼りないカップルの間に誕生した福太郎をみんな何かと気にかけているのです。古くからある洋品店「いとちょう」のおばちゃんもその一人。「お父さんは?って聞かれると説明のしようがないじゃない。今の私たちより上の世代は理解できないよね。だけどそれは別にたまちゃんの生き方だからさ、人に迷惑かけているわけじゃないからいいんじゃない。」必ずしも理解が得られるわけではない、たまちゃんの生き方を応援してくれます。

about_img008.jpg福太郎は善光寺界隈を遊び場にしています。仁王門で店を構える斉藤のおばちゃんは、たまちゃんが喫茶店やギャラリーの仕事に忙しいときには、福太郎を預かり面倒を見てくれます。「ひどい母ちゃんでしょう、置いて行くって。私もいらねぇって言ったんだけどねぇ」そんな憎まれ口をたたきながら、福太郎のために作ってきたおかきをあげたり、りんごを剥いてやります。こんな情景がごく当たり前のこととして行われています。

かつてこの町は、どこの家の子どもでもわけへだてなく育てていた「下町の子育て」がありました。福太郎の出現が西之門町の人々に、人と人との繋がり、地域の絆があったことを自然と思い出させ、福太郎はまさに「西之門町の子ども」として育っています。

福太郎も、地域社会とのゆるやかな絆や多様な人間関係に支えられ、「生きる力」を身につけつつあります。

about_img009.jpgしかし、自由奔放な子育て、「みんなで子育て」という理想には、困難もあります。ケンイチは父親としての自覚をもてるのか、「父ちゃん」への道も平坦ではなさそうです。

たまちゃんとケンイチ、そして二人を取り巻く人々は福太郎の子育てとどう向き合うのか、
春から秋へと移ろう善光寺の寺町を舞台に、人と人とが絆を深め生きていく姿を追います。