「スイム」「バイク」「ラン」の3種目で競う「トライアスロン」。鉄人レースと呼ばれるほど過酷な競技として知られています。トライアスロンに人生を賭け、夢に挑む男性がいます。日本のトライアスロン発祥の地・鳥取県米子市。毎年夏に開かれる全日本トライアスロン皆生大会は今年で29回を数え、全国から800人を越す選手がやってきます。この街で生まれ育った小原工さん(42)。人は彼を「ミスタートライアスロン」と呼びます。小原さんは、プロのトライアスリートとして数々の世界大会で入賞。シドニーオリンピックにも出場しました。そんな彼が去年10月、地元に戻ってきた。
「ずっと応援してくれた地元に恩返しがしたい。」
今年4月、子どもたちにトライアスロンを教える「トライアスロンスクール」を作りました。小中学生20人以上が通ってきます。小原さんの故郷、子どもたちに対する思いやトライアスロンという過酷な競技を通じて成長する子どもたちとの触れ合いを見つめる。
東京銀座のビルの屋上で、養蜂の指導を続けているのが盛岡市の養蜂家、藤原誠太さん。彼の養蜂指導がきっかけとなり、銀座に自然を取り戻そうとする『銀座ミツバチプロジェクト』がスタート。ハチミツを採取するだけでなく、ミツバチにとって住みよい環境を作るために、都心のビル街に花や緑を増やす取り組みを行っている。学生時代、養蜂の留学で南米から帰国した誠太さんは、日本古来のミツバチ、『日本ミツバチ』の魅力に取り付かれ、日本在来種ミツバチの会を立ち上げた。以来、長年の研究の末、養蜂には難しいとされてきた、日本ミツバチの専用縦型巣箱を開発した。日本の風土や気候に合っている日本ミツバチの重要性を説き、養蜂普及に努める。最近、世界的な問題になっているミツバチの大量死は、主に西洋ミツバチ。原因は特定されていないが、農薬が原因ではないかと指摘する。世界のミツバチを救うためにも、農薬が引き起こす生態系破壊について、蜂の目線で訴えようとする。
宮城県仙台市在住のボルジギン・イリナさん(32歳)。彼女は、中国・内モンゴル自治区出身のプロのモンゴル民族歌手です。留学のために、日本にやって来た彼女には、大きな夢があります。それは、ふるさとの子どもたちのために学校を作ること。
広大な内モンゴルでは、都市と農村の経済格差が大きく、農村地域では、学校の整備が遅れ、教育に手が回らないという現状があります。
イリナさんは、ふるさとの子どもたちは、みんな大きな可能性を持っていると、教育を受けられない地域に学校を建てるために立ち上がりました。しかし、学校建設には資金が必要です。日本にいる自分にあるのは歌。イリナさんは、ふるさと内モンゴルの文化を日本各地に広めながら、チャリティーコンサートを続けています。
今年中に学校を建てるため、目標額まであと少し。日本と内モンゴルの仲間たちに支えられながらも、夢に向かって奮闘し続ける彼女の人間力に迫ります。
静岡県沼津市で植木業を営む加藤愛夫さん60歳は、レガッタに夢中です。高校時代、不完全燃焼のまま遠ざかっていたレガッタに、あるきっかけから再び向き合うことになりました。それからというもの毎朝3時半に起き、狩野川で早朝練習に励んでいます。ボート部の現役高校生にも勝負を挑むため“妖怪 狩野じぃ”と呼ばれ、一目置かれる存在に。高校時代は国体6位入賞が最高だった加藤さんですが、今では全国各地の大会に出場し、かつてオリンピックや世界大会の常連だった選手たちと肩を並べて競い合うまでになりました。大会には奥さんが必ず同行します。たった一人の大切なマネージャーなのです。道中、観光名所に立ち寄ったり、家族の話をしたり、夫婦の思い出も増えました。「最後まであきらめない」をモットーに、何事にも真剣に取り組み、笑顔を絶やさない加藤さんは、家族や仲間まで幸せな気分にさせてくれる不思議な魅力溢れる人なのです。
溢れる子供の笑顔と笑い声。一歩そこに入ると、少子化という言葉を忘れてしまいます。神奈川県川崎市にある「柿の実幼稚園」には1300人の園児が通い、160人以上の先生と職員がいます。山の斜面に園舎や遊具が点在する園内は、まるでフィールドアスレチックかテーマパークのようです。園長の小島澄人さん(55歳)は、決して幼稚園の巨大化を目指していたわけではありません。「自分自身が楽しみたい!」という子供のような純粋さで行動するうちに、人が集まってきたのです。保護者たちは小島園長を「一生懸命楽しんで生きている人」と評します。そんな小島園長が5年前に脳梗塞で倒れました。しかし、園児、保護者、先生たちの励ましを受けて、1週間で園に戻り、毎朝の日課である園児たち全員との握手を再開。それが最良のリハビリとなって、今ではすっかり回復しました。何にでも全力投球し、人を惹きつけてやまない小島園長、その人間力に迫ります。
秋田県仙北市出身のテノール歌手、本田武久さん(38歳)。高校教師の職を投げ打ち、苦労の末にプロ歌手の夢を掴みました。活動が軌道に乗りかけた矢先、病が本田さんを襲います。「包巣状軟部肉腫」。がんの一種ですが、まだ有効な治療法がない病気です。がんは歌手の命、肺にまで転移していました。しかし本田さんはこれまで以上に積極的なコンサート活動を始めます。過酷な運命を受け入れ、大好きな歌を歌い続ける道を選んだ本田さん。生きることの素晴らしさを伝えるのびやかな歌声は、重い病気と闘う人だけでなく、たくさんの人の心に響いています。コンサートに足を運ぶそんな人々の姿が、本田さん自身を支えています。確実に進む病状。死の恐怖。様々な葛藤を乗り越えながら「生」を歌い続ける本田さんの思いに迫ります。
山懐に抱かれた小さな町で屈指の茶の産地の静岡県島田市川根町。この町に抜里(ぬくり)駅という小さな無人駅があり、公民館としても利用されています。駅舎の窓からは賑やかに惣菜を作る主婦たちの姿がありました。中心となっている諸田サヨさん「73歳」は、村の女性達に声をかけ、この活動を始めました。この地区は高齢化が進み、200世帯のうち20世帯が老人の一人暮らしです。サヨさんは、そんなお年寄り達を心配して、おしゃべりがてら出張販売にも出向きます。しかし、サヨさんもまた孤独な老人でした。一人暮らしのなかで、死の淵をさまようつらい病も患った事もあります。その経験が、サヨさんに人生を見つめ直す機会を与えたのです。駅で真心込めた惣菜を作り、村のお年寄りに手渡しながら、悩みを分かち合い、励ましあい、ふれあいを楽しむ。そんなサヨさんのいる無人駅は、温かさに包まれています。
青森県の津軽地方に明治時代から伝わる「金多豆蔵」という人形芝居があります。酒好きで情けの深い「金多」とおしゃべりだけど義理堅い「豆蔵」の2体の人形が津軽弁で漫才をしたり、冒険をする中に世相を嘆いたり、笑い飛ばしたりするというもの。金多豆蔵は100年以上にも渡って地域の人たちに笑いを届け愛されてきました。現在、人形芝居の座長を務めるのは木村巌さん(44歳)。米農家を営む木村さんは農作業の合間を縫って姉と二人で活動を続けています。娯楽が多様化する現代にあって、金多豆蔵の人形芝居はかつてのような引き合いはありません。同じ津軽地方に居ながら津軽弁のセリフの意味が分からないという声を聞くこともあります。一方で、木村さんの活動に共感を覚え人形芝居の定期公演を提案して応援する地元ホテルの協力者も現れました。時代の狭間で伝統を守り伝えることの難しさを実感しながらも精力的に活動を続ける木村さんの人間力に迫ります。
今、校庭の芝生化が全国で注目されています。その普及拡大の一翼を担っているのが「鳥取方式」と呼ばれる新たな芝生化です。日本で芝生と言えば綺麗な庭園や競技場を想像します。芝生が傷むからとの理由で立ち入り禁止や利用制限があるのが常です。一般人にとっては敷居が高く、こうした状況が「芝生は高価で維持管理が大変」という芝生に対する固定観念を日本人の中に自然に植え付けてきたのかも知れません。そんな日本の常識に風穴を開ける人物が現れました。鳥取市在住のニュージーランド人ニール・スミス氏です。彼は6年前にNPO法人を立ち上げ、鳥取県が管理していた2万平方mの牧草地を借り受け、地域住民と芝生専門の大学教授の力を借りながら、安価で維持管理が容易な新たな芝生化のスタイルを確立しました。そして全国の校庭を芝生化しようと踏み出したのです。「校庭は土であるべき」という声や行政の壁にぶつかりながらも、彼は地道に賛同者を増やし、全国各地に鳥取方式による校庭の芝生化が広まりつつあります。ニール氏の情熱と気概、校庭の芝生化が地域住民や子どもたちの心身両面に何をもたらしたのか?各地の事例を元に探っていきます。
※この番組を含む「鳥取方式による校庭芝生化普及キャンペーン報道」は
第46回 ギャラクシー賞 報道活動部門 大賞 受賞
2008年度 民間放送連盟賞 特別表彰部門 放送と公共性 最優秀賞 受賞
第9回 日韓中テレビ制作者フォーラム優秀賞 受賞
過疎化・高齢化が進み、赤字が深刻な地方の鉄道。廃止の瀬戸際にあるローカル線を守りたいと、知恵をしぼる鉄道マンがいます。JR北海道の副社長で技術者のトップ、柿沼博彦さんです。線路を存続させるためには、運行にかかるコストを今の5分の1以下に削減しなくてはなりません。そのために考え出したアイディアが、マイクロバスに鉄道の車輪を取り付け、1台で鉄道も道路も走れる車両を実現することでした。世界中で成功した例のないという、「夢の車両」です。3年がかりの開発には、北海道の厳しい自然で培われた技術が総動員されました。しかし、これまでの法規制の枠からはみ出る新しい車両を営業運転するためには、越えなくてはならないハードルがまだまだあります。地方の人たちの足を守りたい・・・その一念で開発をリードする柿沼さんの信念は、「人の役に立ってこそ技術」。その姿を追いながら、地域社会と鉄道について考えます。
和歌山県九度山町で生まれ育った鉄田憲男さん(55歳)は、奈良の地方銀行に就職してはじめて奈良にやってきました。「奈良の人は、寺社仏閣が近くにあるのがあたりまえ。幼い頃に遠足で嫌というほど何度も連れて行かれ、その魅力や価値に気づかない」と嘆きます。遷都1300年祭を控え、県民に「もてなしの心」を持ってもらうにはどうしたらいいか・・・そんなときに見つけたのが「ブログ」という手段でした。「文章ならば得意だし、いろいろ考えていることもある」とのめり込み、一日およそ600人が訪れる人気ブログに成長しました。ブログをきっかけに、遷都1300年祭に向けて盛り上がりつつあるNPO活動の審査会の審査委員を頼まれたり、県庁が立ち上げた「うまいものづくりプロジェクト」に参加したり、人とのつながりは、大きく広がっていきます。「来た人みんなに、奈良を好きになって帰ってもらいたい」・・・鉄田さんの情報発信は大きな目標に向かって、こつこつと続いていきます。
世界的な大不況。自動車産業が盛んな愛知県三河地方も一気に景気が悪くなりました。こうしたなか三河地方にある岡崎市では地元の会社を中心に異業種が一体となった地域ブランド「サムライ日本プロジェクト」が注目されています。仕掛け人は長髪で派手な服装、一見ヤンキーにも見える男・安藤竜二さん(38歳)です。岡崎市は徳川家康生誕の地として栄え、八丁味噌、花火、和ろうそくといった伝統地場産業が残っています。「地域に埋もれた昔からある名産品を世に送り出し、地域を元気にしよう。」安藤さんは三河地方の名産品を、三河らしくサムライを意識したデザインの「サムロック」というブランド商品へと新装し、全国へ発信しています。地場産業の衰退、不況、そして病。人それぞれ様々な悩みを抱えながらも、前に進もうと奮闘する現代のサムライたちを追います。
不登校や引きこもり、障害などで学べなかった人たちが勉強をやり直そうと集う高知市の自主夜間中学校。全国で唯一の公設民営の夜間中学校です。運営するのは鍼灸師の山下實さん54歳。「学びたい心・・・。それが入学資格」と、学ぶ意欲のある人に門戸を広げています。山下さんのモットー、それは生徒と同じ目線で考え、考えを否定しないことです。生徒の苦しみや悩みが少しでも共有できるからだといいます。これまでに延べ200人が卒業しました。卒業生は、山下さんを本当の父親のように慕っています。現在、夜間中学に通うのは小学生から53歳の社会人まで16人。ネットでいじめにあい不登校になった子、校内暴力で教師から匙を投げられた子もいます。生徒の心に寄り添う山下さんの努力と情熱、そして、自ら学び、学ぶ楽しさを知り、生きる力をつけようとする生徒たちの姿を追います。
山形名物の「玉こんにゃく」。その玉こんにゃくを使った商品を開発し、移動販売しているグループがいます。その名も「みちのく屋台こんにゃく道場」。メンバーは、全員が20代。調理から販売、営業まで、自分ができることを一生懸命にこなします。彼らを支えているのは養護学校の寄宿舎で指導員をしていた齋藤淳さん36歳。一般企業に就職してもなじめない卒業生のために働く場所をつくりたいと学校を退職して「こんにゃく道場」を立ち上げたのです。齋藤さんが移動販売にこだわったのは「地域住民と日々接することで社会の一員として自他共に認められる」「お客様とのやりとりで礼儀作法や接客マナーなど社会で生きるための力が養える」そして「住民が彼らを目にする機会が増え、同じ障害を持つ人たちに夢や希望を与えられる」この3つが大きな狙いです。自立に向け挑戦する知的障害者たちと、それを支える齋藤さんの「玉こんにゃく」に夢乗せた取り組みを見つめます。


