利尻昆布で名高い北海道の利尻島。水貝和広さんは神戸からやってきた「漁業研修生」だ。元プロボクサーという異色の経歴。中学時代からの友人、中辻清貴さんの勧めで、ボクシングを引退した去年、島に移住した。
神戸の水産会社に勤めていた中辻さんは海産物の買い付けで利尻に通ううち、利尻昆布の後継者が不足している現実を知り、6年前昆布漁師に転職した。水貝さんを誘った理由を「漁師といっても養殖の仕事は膨大な作業工程をきっちりと真面目にこなせる人間なら、移住者でもベテランと大差ない水揚げが得られる。ボクシングの辛い練習に耐えた水貝ならできると思った」と話す。
水貝さんは、行政と水産業界が後継者育成のため設立した3年間の研修制度に支えられて漁師修行に精を出す。7月、養殖昆布の収穫が始まった。親方や中辻さんに叱られながら、船の上で水貝さんが奮闘する。凪の日はウニ漁にも出る。食事を取る時間もない。ある日、大きな失敗をしてしまった水貝さんはひどく落ち込む…。それでも「やめるという選択肢はない」と熱く語る。
過疎と高齢化に悩む漁村を都会の若者が支える! 北の離島に移住した新米漁師に密着する。
編集後記
ディレクター:河野 啓(HBCフレックス)
北海道の利尻島は絵になる島です。名峰、利尻山(1721m)が海の中からせりあがり、浜辺には昆布干しの風景が広がります。被写体に力負けしないよう、撮影スタッフはレールにドローンまで持ち込み、北の離島の短い夏を丁寧に描いたつもりです。
しかし何にも増して素晴らしかったのは、登場する人々です。プロボクサーを引退して、昆布漁師の道を選択した水貝和広さん。漁はボクサーよりきつい、と絶えず走り回っていました。大きなミスをして表情を翳らせる一コマも撮影しました。水貝さんに漁師の道を勧めた、友人の中辻清貴さんは、利尻昆布に人生のチャンスを見出していました。そして咽頭がんで発声がままならないにもかかわらず、漁とは何か、熱弁をふるう親方…。皆、人生を、誠実でひたむきに生きていました。
後継者不足にあえぐ漁村を都会から移住した若い力が救う! これまでとは逆方向の人口移動も面白いと思いました。取材中、「オネスティー(誠実)」「ムーヴィング・アウト(引越し)」というビリー・ジョエルの曲が私の中に降りてきました。ちなみにサブ・タイトルは、戦後を駆け抜けた作家、寺山修司の名著「書を捨てよ、町に出よう」をもじったものです。気づく人はいたとしても極めて小数でしょうが、時代へのアンチテーゼ(これまた古い)を匂わせたかったのです。取材した3人の今後にも注目していきたいと思っています。