
長崎県佐世保市に光を当てると表の絵が透けて見えるほど薄い磁器があります。その厚さ、わずか1ミリ。江戸時代から約400年続く伝統工芸「みかわち焼」の技法のひとつで、卵の殻のように薄いことから「卵殻手(らんかくで)」と呼ばれます。幕末から明治期にかけては外国人に人気が高く盛んに輸出されましたが、その後は徐々に作られなくなり、技法の伝承はいつしか途絶えていました。

その技法を現代に甦らせたのが、五光窯・藤本岳英さん(58)です。しかし卵殻手の当時の技法はベールに包まれており、復活させるまでには土の調合や成形の仕方、焼き方など試行錯誤を繰り返し4年を要したと言います。
高度な技法をもち、繊細で格調高い作風を特徴とする「みかわち焼」は今、窯元の数もピーク時から半減、全国的な認知度も決して高いとは言えず苦戦を強いられています。
「みかわち焼」が「みかわち焼」らしく生き残っていくために…。「卵殻手がみかわち焼の技術に再び光を当てるきっかけになれば」と話す藤本さんの挑戦と、みかわち焼再興への取り組みを追います。
編集後記
ディレクター:城代 奈美(長崎放送)
この企画を県外の方に説明する際、必ず最初に聞いていたことがあります。
「みかわち焼という焼き物を知っていますか?」
私の実家には唐子絵の小皿をはじめ白磁に青い絵付けのみかわち焼の食器がたくさんあり、子供のころから普段の食事に使うなど、なじみ深い焼き物でした。そんな風に、地元長崎ではかなり名が知れた伝統工芸なのですが、県外の方に尋ねると「知らない」という答えがほとんどで、驚きました。
しかも今回番組で取り上げたのは、10年ほど前に技法が復活したばかりの「卵殻手」。ひとつひとつ手作りのため大量生産はできず、そのため値段も高価―。江戸・明治期には人気があったとしても、現代ではよほどの通でない限りその存在を知りません。それをいかに伝えるか―。卵殻手ができた背景となるみかわち焼そのものの歴史、技術の継承の難しさ、良質のものを作ること商売との間でもがく窯元のジレンマなど大変に奥深く、描ききれなかった部分もたくさんあります。
主人公の藤本岳英さんをはじめ三川内の窯元の方々は実直に、誇りを持って、先人たちが紡いできたみかわち焼の伝統を守ろうとしています。そしてその良さをたくさんの人に知ってもらうため、不器用ながら国内外に向けてアピールを始めています。みなさんも様々な場所で「みかわち焼」という名がつく器を見つけたら、ぜひ手に取ってみてください。きっとその品の良さ、技術の高さが伝わるはず。地元・三川内で開催される春の「はまぜん祭り」と秋の「みかわち陶器市」もお勧めです。
番組情報
◆五光窯
【住 所】長崎県佐世保市三川内町710
【電 話】0956-30-8641
◆三川内焼陶磁器工業協同組合
【住 所】長崎県佐世保市三川内本町343
【電 話】0956-30-8311