#180 生より旨い冷凍の魚 ~三陸は世界の台所~

2019年7月13日(土)(テレビ朝日 放送) IBC岩手放送制作 協力/文部科学省 総務省 中小機構 JAグループ

岩手県大船渡市は世界三大漁場の一つにも挙げられる三陸の海に面した漁業の街。三陸とれたて市場の八木健一郎さんは、この浜で獲れた魚、特に安価な魚をメイドインジャパンの高級魚として世界に売り出そうとしています。

 大学生として静岡から縁もゆかりもない岩手にやって来た八木さんは、この浜で水揚げされる魚の味に驚き、その味を日本中に伝えるため、大学卒業後もこの街に残り水産加工会社を立ち上げました。思いついたことはすぐ行動に移す八木さんは、漁の様子をライブ配信したり、獲れた魚のネットオークションをしたりと、いろんなアイディアで三陸の魚を売り出すのですが…失敗の連続でした。地元での呼び名は「優しい詐欺師」です。地元の漁家たちを巻き込み、小さな浜に騒動を起こしながらも細々と商売を続けていた八木さんたちを襲ったのは、2011年3月の東日本大震災。船も、港も、加工施設も失われました。

ガレキの中で出会った地元の漁家に励まされ、八木さんは震災前よりも美味しい魚で、震災前よりも賑わいのある浜を取り戻そうと動き始めます。そのために導入したのは新しい冷蔵庫。CAS冷凍という臓器医療の分野でも注目されている技術が用いされた、鮮度保持に優れた冷凍庫です。旬の時期に安く買い入れたおいしい魚を、CAS冷凍し売り出したのですが、サンプルを試食した料理人に言われたのは「冷凍が悪いのか、素材が悪いのかよく分からんと。とりあえずモノは悪い」魚は売れませんでした。

その理由は、三陸の海が豊かすぎたから、味のよい魚がたくさん水揚げされる大船渡の浜は、高級ブランド魚を売り出す地域に比べて、品質保持の技術がおざなりになっていたのです。魚が大漁に水揚げされる大船渡では、魚の値段が安くても市場が成り立っていたからです。

 魚の量ではなく質で勝負する八木さんがまず取り組んだのが、神経締めと血抜き。高級ブランド魚では一般的な鮮度保持です。八木さんは魚のレントゲン写真を撮って神経締めのワイヤーを通す位置などの研究を続け、7年がかりで納得のいく技術を確立しました。その技術を活かすためにも欠かせないのが、新鮮な魚。震災直後に八木さんと再起を誓った漁師の熊谷さんは、他の船が漁を見合わせる日も海に出ます。八木さんの元に最高の魚を届けるためです。カゴ漁の魚は、ストレスや体力の減退が最小限に抑えられるので、熟成した時の旨みが他の魚とは一味もふた味も違います。

最高の魚の味を最大限に引き出すのは、八木さんオリジナルの技術。その知恵と技を支えているのは医学と生物学の知識です。なんでも水産加工のイメージを一新したいそうで…。魚の内臓を取り除くのは止血かん止。切った魚の断面を守る生理食塩水は分注器で注入されます。他にはない技術とアイディアの数々に、最新の冷凍技術、それでも魚は売れませんでした。

 味には絶対の自信があったのですが、冷凍の魚と言うだけで国内の反応は鈍く、ならばと八木さんが向かったのは香港。この地域では、生きている魚=新鮮とのイメージから、市場で売られている魚の多くは活魚です。香港を足掛かりにEUへの進出を目指す八木さんが、香港の商談で提案した魚はエイ。傷みやすいので海の街大船渡でもあまり流通していない、安価な魚です。

 商談から1週間後、八木さんは香港に送るカキの出荷作業に追われていました。季節外れに味わえる旬の味として普段の倍の値段がつきました。香港を足がかりにアジアへ、世界へと忙しい日々を送る八木さんの憩いの場は番屋。浜の人たちが集う番屋は、震災後に八木さんが再建しました。静岡生まれの八木さんは、三陸では当たり前のこの風景がなによりも愛おしいのです。ここでぼんやりと浜仕事を見る八木さんが次に思いついたのは、魚をさばくおかあさんたちの技術。おいしい魚だけでなく、その魚をさばく三陸ならではの文化も、世界へ売り出すつもりです。

編集後記

ディレクター:大野 浩(IBC岩手放送)

今回の主人公は、地元の魚を世界に売り出そうとしている水産加工会社の社長・八木健一郎さんです。大学進学を契機に静岡から、岩手県大船渡市に移り住みました。1次産業は成長産業、その中でも水産業は特にも儲かる、そう考えている社長です。スマホや車は無くても生活できるけど、肉やお米は生きている限り必ず必要なモノで、魚なんて取る人がいなければ勝手に増えるんだから、こんな未来にある産業は他にはない。そう考えています。

実際のところは、失敗続きで会社の経営も厳しいのですが、八木さんは諦めません。色んな事業に手を出しては失敗続きで、自称「優しい詐欺師」の八木さんは周りから変人扱いされています。そんな八木さんは東日本大震災を契機に周囲の人たちとの絆を深め、生より旨いという魚を生み出しました。変人なので、国内ではなく、刺身を、和食文化を日本の外から変えてしまえと目論んでいます。

失敗続きの八木さんが諦めないのは、自分の商品で浜を豊かにしたいから。そして、岩手の浜の文化を守りたいから。地元の人たちにとっては当たり前の風景が、よそ者の八木さんにとっては、この上もなく愛おしいのです。

他から移り住んで地元のなんでもない品々に偏愛ぶりを示す人って、きっとどの街にもいますよね?そんな人たちへのエールの思いを込めた番組です。なぜなら、地域の宝を、日本のチカラにするのは、八木さんの様な優しい詐欺師かも知れないですから。

番組情報

◆三陸とれたて市場
【住 所】〒022-0101 岩手県大船渡市三陸町越喜来字杉下75-8
【電 話】0192-44-3486
【H P】https://www.sanrikutoretate.com/ (ネット販売あり)

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