#192 島に生きる~キナ子さんの夏物語~

2019年10月12日(土)(テレビ朝日 放送) 東北放送制作 協力/文部科学省 総務省 中小機構 JAグループ


宮城県石巻市から連絡船で1時間ほどの離島、網地島(あじしま)。およそ300人が暮らす小さな島です。
この島で主人公の髙橋キナ子さんは終戦の年、1945年に生まれました。それから74年間、彼女は島を出て生活をしたことはありません。かつては子どもたちの元気な声が島中に響いていたと、キナ子さんは懐かしがりますが、今では小中学校も閉校し、74歳のキナ子さんでさえ、島では若手。

敬老会では率先して福祉施設のご老人たちを踊りや歌で盛り上げます。キナ子さんは「島の観音様」と呼ばれる存在。明るい笑顔で、いつも島の人々の中心にいます。

そんなキナ子さんが取材中、急に涙を見せました。それは、この夏網地島でも開かれた、総合芸術祭「リボーンアートフェスティバル」の話をした時。ただでさえ、過疎が進んでいた事に加え、東日本大震災によってどんどん寂れていく島。

そこに日本を代表する音楽プロデューサー小林武史が主宰するアートイベントがやってくる。どんな形であれ、再び島が若い人達で盛り上がる。このイベントの成功を誰よりも強く願っていたのは、アートという言葉から最も遠い場所にいるかのような、この74歳の女性だったのです。

ふるさとの風土を愛し、隣人を愛し、そして皆から愛されるキナ子さん。まるで音楽のようなリズムで話す彼女の東北弁の言葉のひとつひとつに、人生を
考えさせられる深い含蓄があります。
そんなキナ子さんの、ちょっとだけ特別なひと夏を追いました。

編集後記

ディレクター:小林由起子(東北放送)

「キナさんお茶のみさ来た〜」「キナさん、焼き海苔持って来たよ〜」と、キナ子さんの自宅で取材をしていると、面白いぐらい次々と島の誰かがやって来ます。「ほれ、上がらいん~(あがっていきなさい)」。「さぁ、食べらいん~(たべなさい)」。まるで集会所のように賑やかなお宅で話を聞いていると、もともと島の人々の暮らしが互いに助け合い、密接につながっていることや、中でもとりわけキナ子さんの存在が特別であることが少しずつ分かってきました。

3人の子供を育てながら、小中学校の用務担当職員として働き、その後は介護士として島で唯一の医療福祉施設に勤務。今年任期を終えるという島の民生委員も14年務め、島の人々に尽くし続けています。それは生まれ育った網地島のため。網地島で出会った愛する全ての人たちのため。そんな彼女を島の人は「網地島の観音様」と呼ぶのです。キナ子さんの生きる姿は、私たちが日常忘れかけている、大切なものを思い起こさせてくれます。

今、島は最盛期の1/10ほどに人口が減り、その8割が高齢者。取材中キナ子さんがこぼした言葉があります。「病院がなくなったら島に人はいなくなる・・・」ふるさとの行く末を案じながらも、自分はここに残って生きていく。その覚悟を持って人生を全うしようとする姿に、何よりも逞しさを感じました。福祉施設での婦人会による敬老会。リーダー的存在のキナ子さん、ちょっとしたスターのような、そんな雰囲気さえ感じさせられました。

網地島のどこまでも美しい自然、キナ子さんとの出会いは、忘れられない夏となりました。キナ子さんのように年をとりたいな、こういう人に出会ってみたかったな、網地島に行ってみたいな、そう感じていただけたら幸いです。

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