長野市の飯綱高原に薪窯でパンを焼くことにこだわって店を営んでいる夫婦がいる。信州に移住してきた鈴木寛さんと妻の佳子さんは4年前に「ベッカライ麦星」を開店し、ヨーロッパで主食として食べられているライ麦パンを作っている。薪を焚き、その余熱で焼きあげたパンは香ばしく、中はふっくらとしていて、ライ麦酵母特有の旨味が詰まっている。一度食べたらやみつきになるリピーターも多い。
大学卒業後、自然保護団体で編集の仕事をしていた寛さんは、10年ほど前、転職をきっかけに信州の最北端の集落に暮らし始め、過疎や高齢化で荒廃していく里山の状況に心を痛めていた。この状況を何とかしたいと感じていた寛さんは、木材として使われなくなった森の木をエネルギーとして使うことを思い立ち、趣味で始めていたパン作りを薪窯で行うことで「里山の保全」に貢献したいと考えた。
自分の理想を実現するために東京やオーストリアでパン職人の修行をした寛さんは、再び信州に戻り、薪窯を自作。国産のライ麦を使うことにこだわり日々パンを焼いている。ヨーロッパでのライ麦は寒冷地でも育つ穀物として作られていて、日本のソバと同じだという。今は北海道産を使っているが、鈴木さんは地域の遊休農地でも作られるようになることを願い、今年初めて知り合いの農家に畑を借りて自らの手で試験栽培に挑んだ。
地元の山から切り出した間伐材を燃料としてパンを焼き、薪窯から出た炭は農家に提供して土に還し、さらにライ麦を育てて「地産地消」の実現を目指す。信州の里山で自然の恵みを活用しながら、理想の生き方を形にしようと奮闘する鈴木さん夫妻の日々を追う。
編集後記
ディレクター:笠井直美(信越放送)

ライ麦星のパンを初めて食べたのは、ちょうど1年前のことでした。東京の知人が「とにかくエネルギーが詰まっているので是非一度食べていただきたい!」と贈ってくれたのです。地元にいるので直接出向いてパンを受け取りました。心地よい温かさが残るパンを手にした途端、最初の感動がやってきました。車の中がみるみるうちに焼き立てパンの香ばしさでいっぱいになり、その香りの強さに圧倒されました。一刻も早く食べたい衝動に駆られ急いで帰宅し、口に入れると、それはもう本当に幸せな気持ちに満たされて、以来私は“麦星さんの薪窯で焼いたライ麦パン”の大ファンになりました。テレビでは味と香りを直接体感していただけないのが残念です。
ご主人の寛さんは、自分の理想を実現しようと何事も研究熱心で、本当にまっすぐ進んでいこうとされています。ライ麦のパン作りはもちろん食の安全やエネルギー問題、カヌーや釣りや・・・それぞれに深い想いがあり話題は尽きません。妻の佳子さんも一緒に楽しみながら共に歩んでいます。今はやむを得ず休業中ですが、必ずや近い将来再び信州のどこかで2人の笑顔に出会えることと思います。幻の薪窯パン、いつか味わってみてください!