#73 和のしずく ~国産漆の守り手たち~

2016年12月11日(日)(テレビ朝日放送) IBC岩手放送制作  協力 文部科学省/独立行政法人 中小企業基盤整備機構

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樹齢15年ほどの樹に傷をつけて、その樹液を採集する。そうやって、ウルシの樹液(漆)を採るのが、「漆掻き」と呼ばれる職人だ。岩手県二戸市浄法寺町は、国産漆の生産量日本一を誇る。明治時代に福井県から技術が伝えられて以来、連綿と「漆掻き」の文化を守り通してきた。
しかし、国産漆の国内消費市場でのシェアはわずか2%。大部分を占めるのは、中国産をはじめとした安い外国産漆。かつては、年間約30トン生産されていた国産漆は、現在わずか1トン、その内7割は浄法寺漆だ。

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浄法寺の漆掻きは、現在20人。高齢化も著しい。
担い手の確保、技術の継承が喫緊の課題だ。
篠原春奈さん(39)は漆掻きの技術研修生、
2016年5月に地元栃木県から浄法寺へと移り住んだ。
もともとは漆器づくりの職人、「漆(漆器)はjapanなのに、私の漆はjapanじゃなかった。それに疑問を感じ」て、国産漆生産の最前線へとやってきた。
主に西欧圏から、漆器をはじめとした漆芸品は、「japan」と呼ばれている。しかし、純粋な”japan (made in Japan)”は少ない。本当の「japan」を求めて、浄法寺で半年間の研修生活。長い年月で培ってきた漆掻き達の技術、そして樹との対話、そのすべてが篠原さんにとっては新鮮だ。番組では篠原さんを主人公に、浄法寺の漆掻きの世界を描く。

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明治から平成まで、時代の荒波を乗り越えてきた浄法寺の漆掻き。国産漆2%という「風前の灯」だが、彼らが守ってきた「火」を取り巻く風は、少しずつ変わり始めている。文化庁は2015年、都道府県に対して通達を出した。国宝・重要文化財の保存・修理(修復)事業を、2018年から原則100%国産漆で行うというもの。多くの国宝を有する日光東照宮(栃木県日光市)では、国産漆のみを使った「平成大修理」が行われている。大切な国の宝を次世代へとつなぐ天然のタイムマシン塗料として、国産漆への期待が高まっている。

番組では、漆掻き研修生・篠原春奈さんを中心に、浄法寺の漆掻きの過去と現在、そして未来を描く。

編集後記

ディレクター:鹿野 真源(IBC岩手放送)

8月に取材で訪れた日光東照宮。中学の修学旅行で集合写真を撮影したのが、陽明門でした。当時はただその大きさと数えきれない彫刻に、そして荘厳な雰囲気に、ポカンと口を開けて見上げていた「はなたれ小僧」が、20年の後に取材者として、しかも岩手の漆がその陽明門を守っている様を撮影に来ることになろうとは…。私が掻いた漆でもないくせに、妙に誇らしい気持ちになったものです。

今回の舞台・岩手県二戸市浄法寺町は、青森県に接する岩手県北のまちです。そして岩手の県北地域には、民放4社の支局はありません。本州で最も広い岩手県において、ノーマークとは言わないまでも、ほかの地域よりも番組制作者の眼が向きにくい地域であるのが現実です。ちなみに、浄法寺の若者も買い物に行くのは八戸だとか…。

もちろん、浄法寺が漆生産の日本一であることは、以前前から知っていました。しかし、知っていることと、実際にその場所で見て、撮影して、感じることとは大違い。

まず何より、かゆい!今年最初の漆掻きの作業(辺つけ)で、どうしても気になって、漆に触ってみての驚き。そういえば、小学生の頃夏山で遊んで、漆に負けた(かぶれた)っけと、30年近く前の記憶がよみがえりました。取材を重ねるにつれて漆にも慣れ…るわけもなく、むしろ漆林に入っただけで、無意識に手の甲を掻きだす「パブロフの犬」状態に。そんな状況で、漆を一滴一滴大切に掻き採っている漆掻き職人に対して、一個の生物として劣等感を抱くのでした。ちなみに、テレビの苦手分野ではありますが、実は漆はちょっと独特な、フルーティな香りがします。漆掻きも同じ匂いがします。

「四日山」「あげ山」「辺つけ」「辺つら」といった漆掻きの世界特有の言葉、カンナ・ヘラ・エグリ・カマなどの特殊な道具、独特な職人の文化が浄法寺にはありました。歴史を紐解くとなお面白い。江戸時代、盛岡藩の財政基盤の一つだったのが漆でした。電気の無かった時代、漆の実から作る漆蝋は夜闇を照らす貴重な光。盛岡藩は「漆掻奉行」を置いて、樹液と実を生産管理していたのです。当時は、1シーズンで漆を採り尽くして伐採する「殺し掻き」は禁じられていて、樹を殺さずに漆を掻いて、その後実を採る「養生掻き」という技術でした(ちなみにこの「養生掻き」、技術も道具もほとんど分かっておらず、その言葉のみ記録に残るのみ)。廃藩置県で伐採を禁ずるものがいなくなり、福井県の技術集団「越前衆」が今の「殺し掻き」を伝えたとされています。

以来、現在に至るまで漆掻きは山で漆を採ってきました。目的は、生きるためです。浄法寺は山から寒風吹きすさび、米ではなく雑穀が作付されてきた地域。「白飯を食べたくて漆掻きになった」とは、ある漆掻きの言。「ひと夏で家が建った」時代とは違いますが、今も目的は変わりません。だからこそ浄法寺の漆掻きは、時代の荒波に揉まれながら、今も存在しているのかもしれません。そして、彼らが支える岩手の漆は私が日光で感じたように、地域の魅力になっています。

その魅力が視聴者に伝わるように、精一杯番組を作りました。番組を見た人が、自分の地域に、地方の魅力に目を向ける小さなきっかけとなれば、制作者として幸いです。

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